ハートも、万華鏡。

ふわふわの中身がふわふわとでも?

同じ苦労を経験してやっと初めて相手の気持ちがわかる愚かさよ。

誰もみていないのにふと書きたくなるのは、心のどこかで誰かが見てくれるかもと期待しているからだと思う。

 

8月上旬に、部活のOGとして大会の応援に行ってきた。

マネージャーをやっていたのだが、選手よりマネージャーの方が任期が1年半も短い。つまりは、幹部として部の運営をするのも、引退するのも、マネージャーの方が1年半早いということだ。

そんなわけで、去年は幹部として引退を目前に控えた大会で大号泣。気持ちは団体戦ではあるが、リレー以外は個人種目なわけで、泣いたところで私は何もできないのだけれど、何もできないからこそ大号泣したのかな、と大会に行くたびに思う。

今年は初OGとしての参戦ではあるが、静かに端っこで現役を見守っていればいいものの、またもや大号泣した。今思い出すと本当に恥ずかしい。前に出るなよ、と。

そんな私の心を特に揺るがしたのは「同期選手の成長」である。

 

振り返るは、2年前の秋。

マネージャーは1年生の秋から幹部としてピリピリとした空気感の中で部活を過ごさなければいけなくなる。少なからず私の代は緊迫感が続きに続いていたように思うが、そんな時、同期選手は1年生。本格的に幹部の仕事が始まった時も、彼らは2年生だった。部の役職などはなく、自分の能力を高めるためにひたすら練習をする真面目な学年。

そんな同期たちも、気づけば3年の夏が終わり、来年の夏では幹部として大会を迎える。小並感だが、あっという間すぎる。同期が幹部だなんて。立派すぎる。

まだ始まってはいないが、うちの同期は本当にみんな優秀で、優しくて、申し分ないほどに努力家だ。こんなにも誇りに思う同期がいて嬉しいな、と引退してからなお一層思う。

 

ただ、もう私たちだけの大切な選手たちだけではないのだ、と少し切なくなる。

彼らは、2個下の学年のマネージャーたちと幹部を運営していく。

彼らは、どの学年よりも、もしかしたら、自分たちよりもマネージャーのことを優先し、悩むかもしれない。

彼らは、どの学年よりも、マネージャーとの関係性を大事にしてケアをして部を運営していくだろう。

 

当たり前のことなのに、自分たちもされてきたことなのに、なんだか寂しくなる。

引退したから何も言える立場ではないが、同期選手が年下マネージャーに取られてしまうのではないか、と勝手に寂しくなる。

 

そんな時に、引退した時に、1人の同期選手からマネージャー宛に送られてきたメッセージを思い出す。

 

『頑張ってる同期マネージャーを見て、どっかで同期って感じがしなかった。先輩のものになっちゃったんだよなって感じがしてた。』

『一緒に喜んでくれたり、小さなことでも声かけしてくれたりすることが嬉しくて、やっぱり改めて実感しました。』

『みんなうちらの同期マネだ。うちらのものだよ。最高の同期マネージャーだよ。』

 

2年前の秋から、私たちが幹部になってから1年間。彼らも同じ気持ちを抱かせていたのかもしれないと思うと、自分の周りの見えなさに涙が込み上げる。愛しい同期たちは、寂しさを抱えるほどに応援してくれていたんだ、と。

私たちマネージャーとしては先輩のものになった感覚なんて一切なくて、どんな時も頑張り続ける同期選手が1番の心の支えであるほどだった、少なくとも私は。そんな同期選手ですらある種の寂しさを抱えていたのかと思うと、この上なく愛おしい。

 

『みんな私たちの同期選手だ。私たちのものだよ。最高の同期選手だ。』

今までもこれからも思い続けているのは、こちらこそだ。

引退して何者でもない私たちが、気を張って多くの苦労を背負い込む彼らの背中をみる立場になってやっと初めて、当時の彼らの気持ちがちょっぴり分かるようになるのだ。

なんて遅いんだろう。現役中に気づけていれば、もっと仲良くしたかった。

 

ふと思い返せば、同じ苦労を経験してやっと初めて相手の気持ちがわかることが多々ある。

 

思い返すこと、高校3年生の夏。

冬から頑張るのでは遅すぎるほどに届かない志望校にいくため、夏休み中は彼氏と1日も会えなくていい覚悟の私を見て、当時の彼氏はメンヘラビームが爆発だった。 

 夜中の電話のえげつないこと、えげつないこと。夜中の2時に15件とかだよ、まじやばーい、ってね。

そんな彼も、自分の受験が目前になると、恋人の存在などどうでもいいらしく、1ヶ月連絡取らなくても余裕なメンタルを手に入れていた。半年前にそのメンタルを手に入れて欲しかったよ...。

結局、自分も受験を経験していないと分からないんだ。

 

必死になるしかなくて、自分しか見えていない時、自分はどうなってしまうのか。

その一方で、ある人たちはどんな気持ちでいたのか。

同じ苦労を経験して同じ立場になってからじゃないと分からないんだ。

そしてわかった時、あぁ、このことかって後悔するしかないんだ。

 

この後悔を重ねて大人になって、やっと、やっと。

衝突する前に、すれ違う前に、相手を思いやれるようになるんだ。

 

私から気持ちが離れつつある最愛のあの人は、就活も含め卒業後の進路に悩んでいるらしい。そんな時に何をして欲しかったのか、何をして欲しくなかったのか、年下の私には分からない。私なりの努力も思いやりも、届かなかったら意味がない。

同じ悩みを抱える時が来たら、私はきっと涙を流しながら気付くんだ、「あぁ、こんな気持ちでいたのか」って。

 

受験も仕事も就活も、経験していないと相手を思いやれないのは私が未熟だから。自分のことでいっぱいいっぱいになってしまうから。

あとどれくらいこうやって後悔を重ねていくのだろう。素敵な大人の先輩方は、いつぐらいから危機回避能力という名の思いやりを得たのだろうか。

 

大好きな同期、幹部頑張ってね。私は包容力のある女性を目指すよ。