ハートも、万華鏡。

ふわふわの中身がふわふわとでも?

嘘みたいな嘘で君に出会ってしまった

前回のブログの続きを書こうと思ったけど、迷言に物申すほどの体力がないから見送ることにした。

 

今日は10月22日の日曜日。

Sunnyday Sundayかと思いきや、空はねずみ色。大雨、大泣き。

明日は台風が来るのかもしれないらしい。学校の授業どうなるのー。授業がなくなったらなくなったで仕事のオンラインミーティングがオフラインミーティングになるだけだけどね。

 

今日の予定は、子供達とワイワイ遊ぶ予定だったけど中止になっちった。確かにこの雨の中じゃあちびっこも外に出たくないよね。親御さんも心配してしまう。

そんなわけで私の癒しタイムは天候にさらわれてしまったのだけれども。別に暇になれるわけではないのが悲しいところ。

 

まずどの仕事に手をつけるよりも前に、やらなきゃいけないことがある。

 

掃除。圧倒的掃除。

 

今めっっっっっっちゃ部屋汚い。その日のQOLが下がるレベル。テン下げするレベル。なんでここまで汚くなってしまったのかって?

 

部屋の綺麗さよりも睡眠を優先してからだよ。これ以上でも以下でもない。

 

ってかさ、思ったの。

私ね、怠惰な女だから、忙しい時に部屋が汚くなりだすと、家での滞在時間が短くなってくるんですよ。どういうことかというと、勉強や仕事をするために早朝にカフェに行く。わざわざ外で作業するために家を早く出て遅く帰るからやることは寝るのみなわけですよ。あとたまにさらっとご飯。

 

でも部屋は使ってはいるわけで、たまるゴミ。埃。

 

塵も積もれば山となるが文字通りなわけですよ。めっちゃ部屋汚い。

 

でも掃除が嫌いなわけではないの。まとまった時間を取ろうとしないことが原因。優先順位の問題。

 

部屋が汚くなりだした時の優先順位。

仕事・勉強>睡眠>>>>>超えられない壁>>>>>>>>片付け

 

 

なんですよ。

 

 

まじで睡魔には敵わないのよ。敵わないというか、その一瞬の私の力だけの問題じゃないのよ。尾を引く。ここで睡魔に勝っても睡魔は半永久について来る。

 

だから掃除をしなくなって家にも帰らなくなると。

 

さすがにわりと汚くなってきたので部屋掃除しまーす。

部屋掃除からのアイスを食べるからの選挙。

そしてカフェでも行って仕事しようかな。

 

部屋の乱れは心の乱れとは思わないけど、確実に運気は下がってると思う。以上。

 

 

さも当たり前かのように現世界に居座る意味わからん名言(迷言)たち

 

世の中には、理解できない名言(迷言)が多く存在する。

例えば、「浮気は男の文化」とか。これをうんうんそうだよねって理解できる人、特に女性はそうそういないんじゃないの?ってか何が言いたいの?これ。

「浮気をしたくなる気持ちは仕方ない」とか、「浮気をしてしまう人間は性欲に忠実な人間だから」とか、「私は馬鹿で愚かだから、いけないとわかっているからこそ背徳感と欲望に駆られて浮気をしてしまいます」とかならわかるんですよ。

 

なに、「文化」って。文化に失礼だろ。なにそのカルチャーっ。意味わからなくない?普通に。男どんだけだよ。浮気する女は逆になんなんだよ。

 

とかね。まあ色々あると思うんです。逆に男性の多くが理解できない女性の名言(迷言)ってなんだろう。あ、あれか。

 

「(待ち合わせで)女の子を待つのは仕方ないこと」って言葉とか?

女の子はお化粧も髪型も服装も何から何まで気を遣ってからデートに来るのだから、遅刻してしまうのはしょうがない。むしろ、可愛くなることに熱心であるがゆえに遅刻しているのだから。僕らのために可愛くなろうとしているんだから!多少の遅刻は気にしないのが包容力のある男だよ。ってやつか。

これ女の子なら分かる、っていうよりも、「そういうことだから、許して♡」という気持ちで首を上下に振るのではないだろうか。私もそのうちの1人です、はい。ってか遅刻魔ですごめんなさーい。

 

でもこれも男性陣意味わからない人いるでしょ。え、ってか準備に時間がかかることを分かっているなら逆算計算して早めに起きるとかしてよ、って思うでしょ。前々から決まっている予定なんだから時間調節しようよ。って思うでしょ。

 

その通り。大正解。ぐうの音も出ないっす、はい。

 

そうなの、そうなんだよ、分かってるよ!でも....!と私のためでしかない私によるくだらん言い訳をワーワー言いたくなるところですがもう本題に入ります。

 

と言いたいところですが、疲れたのでやめます。ノンストのライティングを毎日15分すると決めているのですが、そろそろお時間です。でも楽しいー。感情吐き出すの楽しいー。描くの楽しいー。眠いけど寝れないし寝たくないー。

 

「母親になった妻を女として見れなくなった」とかいう暴言に対して何が何でも物申したい。

 

次回に続く。続きますように。

 

子供を育てる前に、子供と結婚してどうすんの?

 

「子育てって本当大変!!旦那も合わせて子供が2人になったようなもんよ!!」

ハアー!!と言いながら子育ての苦労、旦那の愚痴をこぼすママさんをよく見かける。現実の話だ。決してドラマの話では終わらない。信じられない人はぜひ昼間のカフェ@板橋区あたりにでもいってみてほしい。ママ友の話がだいたいそうだから。ちなみに@板橋区をつけたのはあんまり意味はない。だけど世田谷区あたりは要注意だ、あそこのママさんは、小学校受験の子供の服装のブランドを何にするべきかっていう話しかしないから(失礼すぎる偏見)

 

そんなわけで、日々の疲れを発散しているわけではあるが、私はつくづく疑問を思う。

 

「じゃあなんで結婚したのかな?」

 

なんで子育てすることを分かってて、大きい子供と契りを交わした?

スーツ姿をドヤ顔で着るお面の向こう側にいる子供の化けの皮を剥がせなかったのか?

 謎すぎる。非常に謎すぎる。結婚したら、子供が生まれたら、男どれだけ変わるねん。

 

そこで、結婚したことない小娘の私、考えた。

「子育てって本当大変!!旦那も合わせて子供が2人になったようなもんよ!!」というママさんにはおそらく2パターンある。

 

⑴男、頼れる男気取りがうますぎる説

⑵女、母性愛を抱きすぎたあまり、ママになった説

 

多分、この2つがあると思う。知らんけど。

 

⑴は、もうこれは男を見る目を鍛えるしかないとしか言いようがない。どんだけ完璧やねん。というより、結婚する段階で提唱されるべき通説「ひとっつも弱みを見せない男、地雷説」を適用するべきではないだろうか。

結婚とは本来、「人生をよりよくするためにするもの」だと思う。そして、「人間は誰しも完璧ではない」ということが前提にある。

人間誰しも完璧ではないんだから、周りの人と支え合って生きていったらいいんじゃない?支え合ったら、よりよく生きやすくなるんじゃない?

という考えのもと、一緒に人生を歩むことが結婚ではないのかと思う。くっつく際に「互いの弱さを把握する」という過程は非常に大事ではないか。

上記の考え方を持つひとであるなら、完璧な男が、結婚するときも完璧な男である場合、超絶ビビる。私だったら超焦る。

あなた、弱いところとかないの?ってか、弱いところが無いとか言うひと、いるの?えっ、てか、隠してる?カッコつけてる?ってなります。

 

結婚して、波長が合えばこの先何十年も一緒にいるはずなのに、なんでカッコつけてるん?って。私は君の伴侶なのだぞ?ってなるはず。恋人の前でカッコつけるのは分かる。イニシエーションラブという言葉があるぐらいなのだから。でも、結婚となるとまた別なような気がする。相手の将来の責任を、お互い少なからずは背負っているような、気がする、私は。そんな相手にカッコつけてどうしたいん?こちとら受け止められないと思っているならそもそも結婚なんてしないわけよ!!!!とイケメンなことを言いそうなぐらいよ、私の結婚への認識は。

 

だから、結論、カッコつけている人はダメ。話し合ったほうがいい。あとでがっかりするのは自分だから。がっかりした自分を見て悲しむのは愛する彼だから。

 

⑵はもう、気付いてほしい。これは母性愛だってこと。だって、母性本能を相手に持ちすぎるべきでは無いと思うから。

息子みたいな旦那が欲しいって女性はいいんです。でも、旦那に支えて欲しいと思っている女性は、「母性愛とは」を頭の隅に入れたほうがいいと思うんです。ちなみに母性愛って現代では「バブみ」っていうらしい。バブみが強いっていうんだってさ。なんじゃそりゃ。

恋人や家族って、友達や上司・部下とは違って、自己に入りやすい存在だと思うんです(だから甘えがでたりもする)。だからこそ、なんで結婚前から大きい子供の面倒を見ないといけないんだろうって、一回振り返る時間は必要だと思うんです。私が相手にしているのは、「頼れる旦那」か「我が家の長男か」って。それは決して旦那の弱いところを見たく無いというわけではないです。

 

でも、男の人ってすぐ免罪符みたいな言葉をストックする。

例えば、「男は少なからず、マザコンだからさ」ってね。

ザコンであることは別にいいよ、保護者は大事にすることはいいことですね。

でもさ、私マザーじゃなくない!?ここ負けちゃダメ!あなたは彼のお母さんになる必要ないから!お母さん2人もいらないから!

仮に、母親の愛を知らないという環境で育った彼だったとしても、母性愛はなんだか違う。だって、結婚は一方が一方を助けるものだけではないから。お互いをお互いがって話だから。そこはしっかり自分の幸せを考えるべきことだなと思います。

それに、「彼は私がいないと生きていけないから」って悪いことでは無いと思うんですけど、子供が生まれたら、彼以上にあなたがいないと生きていけない存在ができるわけですよ、物理的に。しかも、そこって天秤にかけることでは無いですよね。

 

あと、あれ。私はもう全く意味がわからないのですよ。

「母親になった途端に妻に女を感じなくなった」とかいう男性陣。

 

本当にこの話、しっかり言語化したいから、次回へ続く(いつになるのかは分かりません)

 

 

 

 

 

 

綺麗なものばかりが正しくて 優しいものが愛されるから

狂ったようにハマる曲が続々と増えてきて、書きたい欲が増している。

webメディアでインターンを始めてから、知識・経験の足りなさによる恥ずかしさと、わがままに書きたい欲が混在しているが、私が今こうしてテキストを打っているのは、やっぱり文字を使った自己表現が好きだからだ。

 

誰かに見られているようで誰にも見られていないブログを作ってよかったー。

ポエマー電波ちゃんって呼ばれてても気にしないぞ。

 

今回紹介したい曲は、ネオポップスユニット『ORESAMA』というグループによる「綺麗なものばかり」という曲。

 

私は音楽は好きだが、音楽の知識は乏しい。ネオポップスが何かわからないけれど、曲調を聞く限り、「確かにネオポップスだ」と感覚的に飲み込むことができる爽快なポップス具合である。

 

そもそも、ORESAMAを知ったきっかけは、youtubeの広告。

「ねぇ、神様?」という曲です。

 

初めて聴いた時、「おいおいまじかよ。広告にこの曲を起用した人も、この曲をyoutubeの広告に売り出した音楽会社も天才かよ、」と心から思いました。ビビッときてしまった。私以外にもビビッときた人絶対いると思うんだ、絶対とかないけど絶対いると思うの。

 

ぱっと見恋愛に依存系メンヘラかな?って思いそうだけど、意外とそんなことはなくて。純粋に応援したくなる系ソングだと思います。女の子の声とシンセサイザーが可愛らしい。そして女の子の声、可愛いだけでなくて、時折見せる伸びが綺麗なんです。「キレイ」じゃなくて、「綺麗」って感じです。麗しい感じ。

 

そして、ORESAMAを気になり出したわけだけど、正直全部愛おしい。健気。純粋だけではなくて、人間らしいドロドロ具合も自ら認めてるんだけど、認めてるところも含めて、健気。

 

題名で引用している文章はサビのはじめのフレーズ。

ここが一番好き。大好き。本当にそうだよねと思う。

以下は文章の引用です。一部抜粋。

大切な何かになりたいだけなのに やりかたさえ分からずに
アイデンティティ摘み取っては 誰かの中で生きたいと願う

綺麗なものばかりが輝いて
優しいものが選ばれるから
わたしはいい子と呼ばれたくて
愛されたくて 空回っているの

綺麗なものばかりにとらわれて
裸の心 なくしている
わたしをいい子だと言わないで

愛されたくて 空回っているの 

 

切なすぎる。けど、これってそんなに珍しいことじゃない。

周りに合わせるように優先するあまり、自分という個性がなくなってしまうように感じる子は多いのではないのだろうか。

「愛される」「モテる」ために、まずはよくある雑誌のコーディネートを完コピする。仕草も話し方も、モテる子を真似てみる。その努力の先にあるのは、モテではなくて、『量産型女子』になった自分であることが多いようにも感じる。量産型女子の何が怖いって、実はずば抜けて秀でた何かがないと目立たないということ。

 

受験とかもそうじゃん。正規分布図偏差値でいう50~60あたりの高校・大学を受ける学生が一番多い。いっぱいいるってことは競争率が激しくなることじゃん。でもその中での成功者はたくさんいるじゃんって。そりゃあ母体数が多ければ成功者も多くなるはず。中国人には美人が多い、ってそりゃ14億人弱もいれば美人もたくさんいるでしょうよって。

 

でも、某大手広告代理店の有名コピーライターが言ってた。「何事もTTP(徹底的にパクる)が大事だよ」って。

 

要するにはその先ってことなのだろう。差別化の図り方頑張れーって。「量産型っぽいけど、量産型じゃない。普通っぽいけど、普通じゃない。」って一番むずい。センスってやつ、難しいし、センス、とか話に出す人、嫌だよね、だいたい自信家。モテるにも色々な戦略があるわけで、ターゲット層も考える必要があるわけで、センスとか言われたら元も子もないっちゃね。モテたい。23~30あたりの塩顔細身高身長クリエイティブ系のお兄さんたちに。私頑張れ、私。

 

無色透明ないい子にならなくても、むしろ色がついたことによって、愛されてほしいなと思います。

 

そんなわけで、みんな私を好いてくださいってねえ。

 

 

 

貞操観念高い女の子が浮気を許容せざるを得ない時、そして、浮気された時。〜後編〜

「この放置のされ方は、私への愛が冷めたからではない。他に愛を注ぐ相手ができたからだ。」

 

私は昔から第六感が優れている。人間関係のずれには敏感だ、特に恋愛関係。

その場にいなくても、SNSのちょっとした一言、たまたま上がっている集合写真等でもすぐに分かる。かつて、高校時代に付き合ってた彼が、大学入学前の別れ際にこっそり作っていた大学のアカウントをものの30分で仕留めたエピソードは、口が固い少数精鋭の友達にだけ話している。あれ?と思ったきっかけは何でもない一言とかだったように思う。探偵グループに入っていたら確実にSNS系の役回りは私にお任せだ。

 

そんなわけで、ついに彼の態度から浮気(の証拠というよりかは、別に他の相手がいるなという揺らぎ)センサーが反応した。こういう時は、大体合ってる。見ないふりしても意味がない。

「それって疑いすぎじゃない?」と思う人もいるかもしれないが、本当に、意味がない。「勘違い」は意味がない選択肢だ。私のセンサー、生きていて外れたことがないんだから。

ちなみに私の中の浮気の定義は、「手を繋いだら」ではあるが、それ以前に「他に愛を注ぐ相手ができる」ことの方が重罪だと思っている。

 
「浮気されてもいいや、どうせ好きだから。」

そう思っているから、さほど心も揺らがない。あぁー、ついにこの時が来たかー、って、静かに涙を流す、だけ。

 

そんな日々が1ヶ月半ほど続いていたわけだが、笑っちゃうくらいに「傷つけるためだけの行為」を立て続けにされたことで、ついに、私のズタボロな心はNEXT STAGEへと進出した。

 

「ってか、もう誠実でいる必要、なくない?」

私が浮気を許せない理由の一つ、私の誠実には最低限の君の誠実で返して欲しいから。

これって、浮気されたら意味なくない?

 

お金を払っていない客に、店員がモノを売る義務は無い。

浮気をした彼に、私が誠実に生き続ける義理はない。

「惚れたもん負け」という言葉があるように、適当な扱いをされても、連絡がこなくても、八つ当たりをされても、私は心から彼が好きだった。好きだったから、彼の連絡を待った、お土産も届けた、料理も作って届けた。

 

でも、ある時、ふと思った。

もう、いいんじゃない?私、もう十分頑張ったんじゃないの。これ以上頑張っても、こんなに頑張ったんだから、もう届かないよ。

世間一般的に頑張っているのかどうかは問題ではなくて、自分自身の中で「これ以上は尽くせない」と思った時点で、私のお役目は私の中で終了したのだ。女の子って、自己満足で他人を愛すからさ、これでいいの。

 

そんなことを思い、姉のように慕っている先輩に気持ちを伝えてみたら、どうやらBINGOだったようで。有難いことに、相談した翌日から、紹介したい人がいる連絡を頻繁に送ってくださる。おまけに、気になっている友達もできた。心から愛しい大事な人。

 

「私、やっぱりまだまだこれからじゃない?」って思い始めて来た次第である。とことん傷ついた後なので、誰も読まないようなこのブログ内では、調子に乗らせてほしい。女の子って、勝手に新たな人生歩み始めるよね。私の中では終わった恋である(別れ話はできていないけど)。

 

「浮気されてもいいや、どうせ好きだから。」

いつかのボロボロな私、そんなこと言うなよ。

そんなことを言わなくていい相手を愛せよ、私。

 

 

 

貞操観念高い女の子が浮気を許容せざるを得ない時、そして、浮気された時。〜前編〜

「浮気されてもいいや、どうせ好きだから。」

 

Twitterの下書きの中で眠っているこの言葉を見つけて、胸が苦しくなった。

いつ書いたのか分からないけど、書いた時の気持ちは確かに憶えている。

 

私は昔から、「浮気されること」が大嫌いだ。

だって、裏切られたくないから。

だって、不潔だから。

だって、最低だから。

「浮気されたら絶対に別れる。」という言葉を胸に数少ないかつての交際相手との恋愛をしてきたわけである(とは言っても、浮気されたことはない)。

裏切られたくない理由は、私の誠実を最低限の君の誠実で返して欲しいから。

不潔だと思う理由は、私は恋人でもないやつと粘膜を交えたくないから。

最低だと思う理由は、私たちが暮らす国日本は「一夫多妻制」を取り入れる国だから。

そして何より、「私だけを想ってくれる人は他にもいる」という自信があるから。

私と付き合ってくれる男性は君だけじゃないよ、と。強気でもなんでもなく、心からそう想っている。私そこまで寂しい女の子じゃないよ。浮気する人に使う時間など無い。

 

現在付き合っている人も、「もし浮気なんぞされたら百年の恋も一時に冷めるし、別れたるわ。」と思っているし、彼にも伝えていた、けど。

 

「浮気されてもいいや、どうせ好きだから。」

って思ってしまうほどに好きだったのだ、現在の彼は。

 

性格もルックスも頭の回転の速さも優れている彼は年上にも年下にも、もちろん同世代にもおモテになられているわけだが、当たり前に女の子が大好きだ。

そりゃあそうだよ、だって毎日たくさんのスイーツが「食べてー♡」って向かってきたら私はきっと食べてしまうでしょ?きっとそれと同じ、仕方のないこと、自然の摂理。

と思いながら、彼のモテ加減は彼が悪いわけではないし、私が自分磨きを頑張っていけばいいのだ、と思っていたけれど。

やはり、私は魅力不足だったのだ。そして彼の周りには魅力が有り余りすぎていた。

 

「太刀打ちできない...。」

毎日不安でどうしようもない。飽き性っぽい彼の自分に対する態度がカッスカスになってくる度に、気持ちは冷めるのではなく、悲しみからくる執着心だけだった。

 

「もっと頑張るから、愛して欲しい。」

「他の人を好きにならないで欲しい。」

そんなことを思いながら涙を堪え、仕事を頑張る、勉強を頑張る、外見の自分磨きを頑張る。

でも、悲しみを原動力とする自分磨きは、いずれ疲れがやってくる。

私は、「愛する人に選ばれた一人」には、もうなれない。

頑張りながらも、そんなことをふと思った。

優しくしてくれなくていいから、一緒にいたい。抱きしめてくれなくていいから、話さなくてもいいから、一緒のベッドで隣で寝たい。

 

「浮気されてもいいや、どうせ好きだから。」

「私だけを想ってくれる人は他にもいる」ことへの自信なんて何の役にも立たなくて、どうせ泣きながらも隣にいるんだ、という諦めから落ちた言葉だった。

 

 

そんなことを思いながら、月日は経ち。

 

浮気をされているのではないかと、私の第六感が疼く。

 

 

 

同じ苦労を経験してやっと初めて相手の気持ちがわかる愚かさよ。

誰もみていないのにふと書きたくなるのは、心のどこかで誰かが見てくれるかもと期待しているからだと思う。

 

8月上旬に、部活のOGとして大会の応援に行ってきた。

マネージャーをやっていたのだが、選手よりマネージャーの方が任期が1年半も短い。つまりは、幹部として部の運営をするのも、引退するのも、マネージャーの方が1年半早いということだ。

そんなわけで、去年は幹部として引退を目前に控えた大会で大号泣。気持ちは団体戦ではあるが、リレー以外は個人種目なわけで、泣いたところで私は何もできないのだけれど、何もできないからこそ大号泣したのかな、と大会に行くたびに思う。

今年は初OGとしての参戦ではあるが、静かに端っこで現役を見守っていればいいものの、またもや大号泣した。今思い出すと本当に恥ずかしい。前に出るなよ、と。

そんな私の心を特に揺るがしたのは「同期選手の成長」である。

 

振り返るは、2年前の秋。

マネージャーは1年生の秋から幹部としてピリピリとした空気感の中で部活を過ごさなければいけなくなる。少なからず私の代は緊迫感が続きに続いていたように思うが、そんな時、同期選手は1年生。本格的に幹部の仕事が始まった時も、彼らは2年生だった。部の役職などはなく、自分の能力を高めるためにひたすら練習をする真面目な学年。

そんな同期たちも、気づけば3年の夏が終わり、来年の夏では幹部として大会を迎える。小並感だが、あっという間すぎる。同期が幹部だなんて。立派すぎる。

まだ始まってはいないが、うちの同期は本当にみんな優秀で、優しくて、申し分ないほどに努力家だ。こんなにも誇りに思う同期がいて嬉しいな、と引退してからなお一層思う。

 

ただ、もう私たちだけの大切な選手たちだけではないのだ、と少し切なくなる。

彼らは、2個下の学年のマネージャーたちと幹部を運営していく。

彼らは、どの学年よりも、もしかしたら、自分たちよりもマネージャーのことを優先し、悩むかもしれない。

彼らは、どの学年よりも、マネージャーとの関係性を大事にしてケアをして部を運営していくだろう。

 

当たり前のことなのに、自分たちもされてきたことなのに、なんだか寂しくなる。

引退したから何も言える立場ではないが、同期選手が年下マネージャーに取られてしまうのではないか、と勝手に寂しくなる。

 

そんな時に、引退した時に、1人の同期選手からマネージャー宛に送られてきたメッセージを思い出す。

 

『頑張ってる同期マネージャーを見て、どっかで同期って感じがしなかった。先輩のものになっちゃったんだよなって感じがしてた。』

『一緒に喜んでくれたり、小さなことでも声かけしてくれたりすることが嬉しくて、やっぱり改めて実感しました。』

『みんなうちらの同期マネだ。うちらのものだよ。最高の同期マネージャーだよ。』

 

2年前の秋から、私たちが幹部になってから1年間。彼らも同じ気持ちを抱かせていたのかもしれないと思うと、自分の周りの見えなさに涙が込み上げる。愛しい同期たちは、寂しさを抱えるほどに応援してくれていたんだ、と。

私たちマネージャーとしては先輩のものになった感覚なんて一切なくて、どんな時も頑張り続ける同期選手が1番の心の支えであるほどだった、少なくとも私は。そんな同期選手ですらある種の寂しさを抱えていたのかと思うと、この上なく愛おしい。

 

『みんな私たちの同期選手だ。私たちのものだよ。最高の同期選手だ。』

今までもこれからも思い続けているのは、こちらこそだ。

引退して何者でもない私たちが、気を張って多くの苦労を背負い込む彼らの背中をみる立場になってやっと初めて、当時の彼らの気持ちがちょっぴり分かるようになるのだ。

なんて遅いんだろう。現役中に気づけていれば、もっと仲良くしたかった。

 

ふと思い返せば、同じ苦労を経験してやっと初めて相手の気持ちがわかることが多々ある。

 

思い返すこと、高校3年生の夏。

冬から頑張るのでは遅すぎるほどに届かない志望校にいくため、夏休み中は彼氏と1日も会えなくていい覚悟の私を見て、当時の彼氏はメンヘラビームが爆発だった。 

 夜中の電話のえげつないこと、えげつないこと。夜中の2時に15件とかだよ、まじやばーい、ってね。

そんな彼も、自分の受験が目前になると、恋人の存在などどうでもいいらしく、1ヶ月連絡取らなくても余裕なメンタルを手に入れていた。半年前にそのメンタルを手に入れて欲しかったよ...。

結局、自分も受験を経験していないと分からないんだ。

 

必死になるしかなくて、自分しか見えていない時、自分はどうなってしまうのか。

その一方で、ある人たちはどんな気持ちでいたのか。

同じ苦労を経験して同じ立場になってからじゃないと分からないんだ。

そしてわかった時、あぁ、このことかって後悔するしかないんだ。

 

この後悔を重ねて大人になって、やっと、やっと。

衝突する前に、すれ違う前に、相手を思いやれるようになるんだ。

 

私から気持ちが離れつつある最愛のあの人は、就活も含め卒業後の進路に悩んでいるらしい。そんな時に何をして欲しかったのか、何をして欲しくなかったのか、年下の私には分からない。私なりの努力も思いやりも、届かなかったら意味がない。

同じ悩みを抱える時が来たら、私はきっと涙を流しながら気付くんだ、「あぁ、こんな気持ちでいたのか」って。

 

受験も仕事も就活も、経験していないと相手を思いやれないのは私が未熟だから。自分のことでいっぱいいっぱいになってしまうから。

あとどれくらいこうやって後悔を重ねていくのだろう。素敵な大人の先輩方は、いつぐらいから危機回避能力という名の思いやりを得たのだろうか。

 

大好きな同期、幹部頑張ってね。私は包容力のある女性を目指すよ。